十三、「涼(りょう)州での三蔵法師」

蘭州に着いた三蔵法師はそこで涼州の人が官馬を送って帰るところに出くわして、三蔵法師は今度はその人に従い涼州へと行ったのでした。

三蔵法師は涼州に一月ばかり滞在しました。
涼州の僧侶や俗人は三蔵法師に『涅槃(ねはん)』『摂論(しょうろん)』並びに『般若心経(はんにゃしんぎょう)』の講義を開いてほしいと懇願したので、三蔵法師は、これらの経典を人々のために講義したのでした。

涼州は河西(かせい)地方の主要な都市でした。
涼州には現在ではチベット族の西蕃(さいばん)やトルキスタンの諸国の人に接し、涼州には商人が盛んに往来しているのでした。

三蔵法師が講義を開くと、聴衆の中には西蕃やトルキスタンの人びとも多く見られて、三蔵法師の講義に参加した人々は皆珍宝を寄進し、中には額を地につけて讃嘆し、それらの人々が自分の国々へと帰ると、各々のオアシス国家の君長に向かって、三蔵法師を激賞するのでした。
彼らのは口々に、
「法師は西方のインド(婆羅門国「ばらもんこく))に仏法を求めに行こうとしているのでございます」〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉
と報告したのでした。

そのことで西域のオアシス諸国は、三蔵法師が来る前にあらかじめ、歓心を表して、三蔵法師が来るのを待たない国はなかったということでした。

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