十四、「珠利耶(チョールヤ)国」

三蔵法師は、駄那羯磔迦(ダーニャカタカ)国から西行すること千余里で珠利耶(チョールヤ)国(南インドの境)に至ったのでした。
城の南東にアショカ王の建てたストゥーパがあり、ここは昔、釈尊が大神通力(じんつうりき)を示して、外道(げどう)を調伏(ちょうぶく)して法を説き、人や天人を済度(さいど)なされた所なのでした。

城の西には古い伽藍があったのです。
ここはかつてテーヴァ菩薩が、この寺のウッタラ(●「口篇に慍の旁●「人篇に旦」●「口篇に羅」、唐に上という」)阿羅漢(あらかん)と議論した所なのでした。
その時羅漢は、第七問以降、答えることができなかったのでした。
そこで彼はひそかに●「りっしん篇に刀」利天(とうりてん)にゆき、慈氏(じし)菩薩に問うたのでした。

菩薩は彼のために講釈してやり、

「このデーヴァという者は、すでに久しく功を積んでおり、まさに賢劫(けんごう)において仏なる男である。そなた軽んじてはいけない」
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

といったのでした。

そこで彼は引き返して、先ほどの難問を解いたのですが、デーヴァは、

「これは慈氏菩薩の解釈で貴方みずからの頭ではとうてい得られない解である」
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

といったので、羅漢は、すっかり恥じ入ってその席を去り、礼拝(らいはい)して謝ったということでした。

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