五十六、「秣兎羅(マトウラー)国からシュルグナ国へ」

アビダツマ(阿毘達磨)の衆はシャーリプトラを供養し、習定(しゅうじょう)の衆はマウルドゥガルナーヤナを供養し、経典派はトラーヤニープトラを、ヴィナヤ派はウパーリを、もろもろの尼僧はアーナンダを、まだ具戒を受けぬものはラーフラを、大乗を学ぶものは全ての菩薩をそれぞれ供養しているのでした。

城の東方四、五里の所に山寺があるのです。
この寺は尊者ウパグプタ(烏波毬多、唐に近護という)の建てた物で、その中には仏爪(ぶっそう)、仏髪(ぶっぱつ)、仏舎利(ぶっしゃり)があるとのことであった。
伽藍の北側の岩壁に石室があり、高さ二十余尺、広さ三十余尺の広さで、中には長さ四寸の細棒がびっしりと入っているのでした。

これはウパグプタが法を説いてある夫婦を悟入(ごにゅう)させて、よく夫婦ともに悟りの境(阿羅漢果(あらかんか))に達し得た者に符木(ふぼく)一本をここに納めたものだとのことでした。
もし夫婦のどちらか一人だけか別族の者は、悟りを開いても納められないということでした。

ここから東北方へ五百余里で、薩他泥湿伐羅(スターネーシャヴァラ)国(中インドの境)に至って、そこからさらに東方へ四百余里で、●「穴冠に卒」禄勤那(シュルグナ)国(中インドの境)に着いたのでした。

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