四十六、「学僧たち」

三蔵法師は僧称法師のその諸説に従って悟りつくして残すところはなく、深く細かく研究し、その神秘をことごとく理解したのでした。
このために僧称法師の喜びと単勝は言うに言われぬほどに喜びをもたらして、僧称法師は諸々の人に向かって、

「この脂那(チーナ)僧は智力宏大で諸君の中にもこれほどの人は少ない。その聡明さは世親(せしん)兄弟をつぐものといえよう。恨むらくは彼は遠国に生まれてね幼少から聖賢の遺芳(いほう)に接することができなかったのである」
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

と述べたのでした。

そのときに衆僧の中に大乗の学僧ヴィシャッダシムハ(毘戌陀僧訶、唐に浄師子という)、ジナバンド(辰那飯荼、唐に最勝親という)、薩婆多部の学僧スガタミトラ(蘇伽蜜多羅、唐に如来友という)、ヴァスミトラ(婆蘇蜜多羅、唐に世友という)、僧祇部の学僧、スールヤデーヴァ(蘇利耶提婆、唐に日天という)、ジナトラータ(辰那●「口篇に旦」邏多、唐に最勝救という)らがいたのでした。
この国は昔から学を尊び、そしてこれらの僧もまた皆道心堅固で才智に優れていたのでした。
彼ら学僧は、僧称法師には及ばないとはいえ、もろもろの衆僧に比べればあり余るほどの優れた学僧なのでした。

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