十一、「ハルシャヴァルダナ王との会見」 二

三蔵法師は、

「私が遠くインドまできて仏法を研究しているのは『瑜伽師地論(ゆがしじろん)』を聞きたかったからです。さきに大王の命を受けたとき、私はまだ聴講が終わっていなかったので、お伺(うかが)いできませんでした」

「法師は支那から来たという。私が聞くところによると、かの国には秦王破陣(しんおうはじん)の楽や歌舞の曲があるとのこと。秦王とはどなたであるか、またなんの功徳があってこのように賞(ほ)めそやされるのですか」

「私の本国は、聖賢の徳を慕(した)い、よく民衆のために兇(きょう)を除き暴(ぼう)をおそえ、人民をあまねく潤(うるお)す人をみれば、上は宗廟(そうびょう)の楽(がく)から下は街(まち)の謳(こうた)に至るまでその人を歌って賞揚します。秦王とは中国の今の天子です。まだ天子になる前、秦王は封(ほう)ぜられていました。このとき、中国は天下乱れて君主んーなく、原野には人の肉を積み、川谷には人の血を流し、妖星(ようせい)は夜集まり、悪気は朝に凝る有様でした。中国じゅうが貪欲(どんよく)な豚に悩まされ、天下は長蛇のような悪者に毒されてしまいました。このとき王は帝の王として天子の命に従い、各地を転戦して悪者どもを切り殺し、軍を指揮して天下を平定し、ふたたび天下泰平(たいへい)の世にしたのです。いま中国の人びとはその恩を懐(おも)い、この歌を歌うのです」
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

といった。

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