二十二、「シンハラ国に伝わる話 終り、そして、その歴史」

この宝の島はのちに、商人が宝を取りにやってきたので、漂着した男の子は、その承認を殺し、婦女を引き留めて、このようにして子孫を産み育てて、その後に無数の歳月をへて、人口はようやく多くなったのでした。
そこで君臣をつくり、その遠祖(えんそ)がライオン(獅)を摂(と)り殺したので、執獅子(しゅうしし)を国名としたのでした。

一方、女の子の船は漂流して波斯(ペルシャ)の西に至って、鬼魅(きみ)に捕らえられて多くの女の子を産み育てたのでした。
いまの西大女国(さいたいじょこく)は、その子孫なのでした。

また一説によると、シンハラとは商人の子の名で、彼は智慧が多かったので羅刹鬼(らせつき)の害を免(まぬ)れて、のちに王になることができ、この宝の島に来て羅刹を殺し、国都を建立(こんりゅう)し、自分の名を取って国名にしたということでした。
そのことは『西域記(さいいきき)』に詳しく記述されているのでした。

この国は昔、仏法は行われていませんでした。
如来涅槃(にょらいねはん)ののち百年のあいだ、アショカ王の弟マヘーンドラ(摩醯因陀羅)は、人間の欲望を捨てて四沙門果(しゃもんか)を得、空を飛んで往来してこの国に遊び、明らかに仏教を讃(たた)え奇蹟を示したのでした。

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