三十二、「ナーランダー寺 三」

ナーランダー寺の内部に入ってみますと、宝台は星のように並び、玉楼(ぎょくろう)はあちこちに聳え、高大な建物は煙や霞の上に立ち、風雲は戸や窓に生じ、日月は軒場に輝いているのでした。
その間を緑水がゆるやかに流れ、青雲(しょううん)が浮かんでいたのでした。
ところどころにカニカーラ樹(羯尼花樹)が花咲き、外にはマンゴーの樹林が点綴(てんてつ)しているのでした。
諸院、僧房は皆四階建てで、これらの建物は棟木(むなぎ)や梁(はり)は七彩の動物文で飾られ、斗●「木篇に共」(ときょう)は五彩、柱は朱塗りで様々な彫刻があって、礎石は玉製(ぎょくせい)で文様が美しく刻まれていて、甍(いらか)は日光に輝き、垂木(たるき)は彩糸に連なっているのでした。

ここに僧侶は客僧を入れてつねに一万人おり、ともに大乗学び小乗十八部をも兼学していたのでした。
そして、俗典、ヴェーダなどの書、因明(いんみょう)(論理)、声明(しょうみょう)(音韻)、医方(薬学)、術数(数学)に至るまで、ともに研究しているのでした。

ここには経論二十部を解する者が一千人いて、三十部の者は五百余人、五十部の者は三蔵法師法師を入れて十人いたのでした。

ただ、戒賢法師のみは一切の経論を極め尽し、徳高く、年老いまさに衆僧の宗匠(しょうしょう)であったのでした。

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