四十二、「三蔵法師の謝意 三」

尚も三蔵法師の謝意は続きます。

その上、賢者を敬い士を愛し、善を好み慈愛を流し給う。
そして遠来の私を憂いあわれみ、まげて引接(いんせつ)され、すでに至り止まるに恩恵はますます深かったのであります。
法義(ほうぎ)を明らかにすべく開講し、また兄弟の縁を結び、友情は深められました。
その上、書状を西域二十余国に送り、贈物(おくりもの)も慇懃に互いにかわるがわる餞送(せんそう)されました。

また、西遊の旅の孤独で雪路が寒さ厳しいのを哀れみ、ここに勅(みことのり)を下して沙弥(しゃみ)四人を度して伴侶とし、法服・綿帽・裘毯(きゅうたん)・靴韈(くつした)など五十あまり、および綾絹・金銀銭など、往還二十年の資にあててくださいました。
玄奘は伏して驚き恥じて答うる言葉もありません。
交河(こうが)(交河城付近のヤール河)の水が氾濫しても、この恩沢(おんたく)より少なく、葱嶺(パミール)の山を持ち上げても、この恩に比べれば、けっして重くありません。
懸度(けんど)・凌渓((りょうけい)ペダル峠)の険も、また憂いになりません。
天梯(てんてい(サンカシヤ))・道樹(どうじゅ(ブッダガヤ))の郷も巡礼すること晩(おそ)くありません。
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

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