二、「賊にあう 一」

アサンガ(無著)の弟、世親(せしん)は説一切有部(せついっさいうぶ)で出家しましたが、のちに大乗を信ずるようになりました。
兄弟ともに賢聖の器で、しかも著述の才があり、ひろく緒論を著して大乗を解釈した宗匠(しゅうしょう)であったのでした。
『摂大乗論(しょうだいじょうろん)』『顕揚聖教(けんようしょうぎょう)』『対法(たいほう)』『唯識(ゆいしき)』『倶舎論(くしゃろん)』などはみな無著と世親の兄弟の手になるものであったのです。

三蔵法師は、アヨードヤー国の聖跡を礼拝(らいはい)してから、ガンガー河を八十余人と同船して東へ下り、阿耶穆●「人偏に去」(アーヤムカ)国に向かおうとしていたのでした。
百余里ほど行くと、ガンガー河の両岸はアショーカ(阿輪伽、無憂樹)の林で、非常に深く生い茂っていました。

その時、突然、両岸から十数隻の盗賊が現れたのでした。
盗賊は船の棹さばきも巧みで、三蔵法師たちの乗った船の水路を遮ったのでした。
船中は蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、慌てて河に飛び込む人も数人いたのでした。
盗賊はとうとう船を捕らえて岸へと向かい、人びとに衣服を脱がせて珍宝を探し求めたのでした。

ところが、この賊たちはみなドゥルガー神(突伽、シヴァ神の妃(ひ))を信仰していたのでした。

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