十八、「鹿野(ろくや)伽藍から戦主(せんしゅ)国、そして、吠舎釐(ヴァイシャーリー)国へ」

そのストゥーパの西にまたストゥーパがあり、そこは昔、釈尊が護明(ごみょう)(真護の意)菩薩となり、賢劫(げんごう)のうち、人寿(じんじゅ)二千年のときに、カーシャパ仏の受記(じゅき)された給うた所なのでした。
この釈尊が受記された所の南側は、過去の四仏が経行(きんひん)された場所で、長さ、五十余歩、高さ、七尺の青石で積み上げた檀があり、上には四仏経行の像があったのでした。

伽藍の西には如来が入浴した池、食器を洗った池、法衣を洗った池があり、そのどれもが神龍が守護していて、人に、汚されないようにしてあるのでした。
池のそばには ストゥーパがありりましたが、そこは釈尊が菩薩行(ぼさつぎょう)を修めて六牙の白象となって猟師に牙を施した所(六牙白象本生)、また鳥となり給うたとき、猿と白象とバンヤン樹(尼拘律樹)下に約束して長幼の序を定め、巡回して人びとを化した所(鳥・●「けもの篇に爾」猴・象本生)、さらに鹿王となった所、●「りっしん篇に喬」陳如(カウンデイヤ)ら五人を済度された所なのでした。

ここからガンガー河の流れに従ってね東方へ行くこと三百余里で戦主(せんしゅ)国へ至るのでした。

さらに東北方へガンガー河を渡ってゆくとこと百四、五十里で吠舎釐(ヴァイシャーリー)国へ至ったのでした。

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