一、「阿踰陀(アヨードヤー)国へ」

三蔵法師一行は、ヤークブジャ国から東南方へ行くこと六百余里、ガンガー河を渡って南岸の阿踰陀(アヨードヤー)国(中インド)に至ったのでした。
ここには寺院は百余カ所、僧侶は数千人もいて、大小乗をともに学んでいるのでした。

大城の中には古い伽藍があり、ここは、伐蘇槃度(ヴァスバンドウ)菩薩(無著(むじゃく)の弟、いわゆる世親(せしん))が大小乗の論を作り、大衆のために講義したところであったのでした。

城の西北四、五里にガンガー河に臨む大伽藍の中にストゥーパがあったのでした。
高さ、二百余尺でアショカ王が建てたもので、ここは昔、釈尊が三か月説法を行ったところなのであった。

そのそばにはまた、過去の四仏が経行(きんひん)されたところがあったのでした。
城の西南五、六里の所にも古い伽藍があったのですが、ここはアサンガ菩薩(阿僧伽、無著菩薩)が説法したところなのでした。
菩薩は夜になるとトゥシタ天に昇り弥勒菩薩(みろくぼさつ)のところで、『瑜伽論(ゆがろん)』『荘厳大乗論(しょうごんだいじょうろん)』『中辺分別論(ちゅうへんふんべつろん)』を受け、昼は天から下ってきて大衆のために説法したと言われていたのでした。

アサンガは無著(むじゃく)とも言います。
彼は、ガンダーラ国の人で、釈尊の没後一千年で世に現れ、弥沙塞部(みしゃそくぶ)から出家してのちに、大乗を信ずるようになったと言われています。

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