三、「三蔵法師の出家」

鄭善果に「お前は誰の子か」と尋ねられた玄奘(三蔵法師)は自分の氏名を名乗り、鄭善果更に玄奘に問うたのでした。

「お前は度を求めているのか?」
「そうなのです。ただ私は近頃この道に入ったばかりで、学業もわずかであり、応募できません。」
「出家してどうするつもりか?」
「はい、心は遠く如来のあとをつぎ、身近ではその遺法を輝かしたいと思います。」

このようなやり取りを交わすうちに鄭善果は、彼の志をほめて、彼の容貌が賢そうだったので特別に度することにしたのでした。
そして、鄭善果は他の官吏に
「経典の研究は難しいことではあるまいが、人物を得るということは難しい。もしこの子が度すれば、将来、かならず釈門(しゃくもん)の偉人になるであろう。ただおそらくわれわれは、天高く飛んで甘露をふりそそぐように仏教のために大活躍するのはみることができないであろう。しかし、かかる才能ある男を失うべきではない」
といったそうです。
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

鄭善果の言葉が違わなかったのは後の三蔵法師の活躍を見ればあきらかです。

こうして出家した彼は、兄と同じところにいました。
当時の浄土寺では景法師(けいほうし)が『涅槃経(ねはんぎょう)』を講じていました。
彼は経典をとって熱心に研究し、寝食を忘れるほどだったということです。

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