十、「西域(さいいき)へ向かうという誓い」

法常と僧弁は、ともに三蔵奉仕に深く感嘆し、三蔵法師に尋ねたのでした。
「貴方こそ仏門千里の駒といえるでしょう。仏道がふたたび智慧を明らかにするのは、まさに貴方によっておこなわれるでしょう。惜しいことに私は年老いてしまったので、そのことは見られないだろう」
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

それ以来、多くの学僧は三蔵法師を見る目が変わり、その名声は都中に広まったのでした。

こうして三蔵法師は、中国各地の高僧をあまねく訪ね、その説を聞き、詳しくその釈義を考えては自身のほしいままにし、また聖典を調べても、陰に陽に異なった点があることがあって、そのどちらが適当なのかが分からないのでした。

こうして三蔵法師は西方に赴き疑惑を正し、また『十七地論』――すなわち『瑜伽師地論(ゆがしじろん)』――をもってきて、様々な疑問の数々を解決したいと誓ったのでした。
そして、
「むかし法顕(ほっけん)と智厳(ちげん)はいずれもひとかどの人物であり、みな一心に法を求めて愚衆を教化(きょうげ)した。こうした偉人たちの足跡を追うことなく、その偉業を忘れてよいものであろうか。大丈夫(だいじょうふ)はままさにこの道を継ぐべきである」
といいました。〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

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