五十、「上表文(じょうひょうぶん) 三」

(承前)こうして歴覧周遊すること十七年、いますでにプラガーヤ国からカピシー国の境をへて、葱嶺(そうれい)を越え、パミール川を渡り、于●「門構えに眞」(ホータン)国に帰還しました。
しかし、ひきいてきた大象が溺死(できし)したため、多くの経典を積むことができません。
そのため、しばらく停(とど)まり、速足で早急に陛下に拝謁することができません。
これ以上、延期することは堪(た)えられません。
謹(つつし)んで高昌(こうしょう)の俗人馬玄智(ばげんち)に頼み、商侶(キャラバン)に従って上表文を奉らせ、ひとまず上奏します。
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

以上が上表文の全文です。

この後、三蔵法師は、于●「門構えに眞」(ホータン)の僧侶のために『瑜伽(ゆが)』『対法』『倶舎(くしゃ)』『摂大乗論』を講じ、毎日毎晩、四論を交互に抗議したのでした。

王は道俗とともに帰依し、聴講者は毎日千人以上もいたのでした。
七月から八月を過ぎて、ようやく使者が戻ってきたのでした。
使者の報告によると、彼は歓迎されて、ありがたくも次のような恩勅(おんちょく)を賜(たまわ)ったのでした。

「聞くところによると、法師は遠く西域(さいいき)を歴訪し、いま帰還されたのこと。
朕(ちん)は歓喜無量(かんぎむりょう)である。
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉
(続く)

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