二十八、「諸王との別れ」

更に三蔵法師は次のように続けたのでした。

「私が支那から出発してまみなく、高昌国(こうしょうこく)という国がありました。そのおうは極めて聡明な方で仏法を楽しんでおられました。私が高昌でインドへ行こうとしているのをみて、深く随喜(ずいき)の念を生じ、手厚く資給してくれました。そして帰国のとき、まだ立ち寄ってもらいたいと申しました。私の情として違約(いやく)することはできません。そこで北路によって帰りたいと思います」

「師はどれほどの旅費を必要としましすか」

「いや、必要ありません」

「どうしてそんなことがありましょう」
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

そこで王は家来に命じて、金銭などの物を施し、クマーラ王もまた多くの珍宝を施したのですが、三蔵法師はいづれも固辞したのでした。
ただ、クマーラ王の葛刺釐破(かつしりは、すなわち鹿毛の細毛で作ったもの)だけは、途中で雨を防げるのに重宝するようなりので頂戴したのでした。
こうして三蔵法師は諸王と別れる事になったのでした。

その日、王は家臣をを引き連れ、数十里を見送って帰ったのでした。
正に三蔵法師と別れようとするときは、人皆嗚咽(おえつ)を止めることができなかったのでした。

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