四十、「大徳シムハラシュミ(師子光)」

三蔵法師が講義をしていたころ、大徳シムハラシュミ(師子光)は、ナーランダー寺で衆僧に龍樹(りゅうじゅ)の『中論(ちゅうろん)』と堤婆(だいば)の『百論(ひゃくろん)』を講義し、それらを重んじて、無著(むじゃく)の『瑜伽論(ゆがろん)』を攻撃していたのでした。
三蔵法師は、既に『中論』や『百論』に精通し、また、『瑜伽論』も良く知っていたので、

「聖人が教(おし)えを建てる場合、いろいろな面から説くが、究極の真理は一つで、相矛盾(むじゅん)していない。ところが小人はよく理解できないので、一つ一つの説が、それぞれ相反しているとみてしまうのである。すなわち悪いのはこれを伝える人のほうにあるので、どうして法に欠陥があるといえよう」
〈『玄奘三蔵』(講談社)からの引用〉

と考えていたのでした。

三蔵法師は、シムハラシュミの考えが狭いのを哀れみ、ときどき行って質問をするのでしたが、彼は答えることができなかったのでした。
そこで彼についていた学僧も彼から離れ次第に三蔵法師について学ぶようになったのでした。
しかし、三蔵法師もまた『中論』と『百論』の文節を引いてシムハラシュミの偏見を論破するのみで、他動性(依他起性)と絶対的真実性(円成実(えんじょうじつ)性)については触れなかったのでした。

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