四十九、「カポータ(迦布徳)伽藍近くの景勝地へ」

三蔵法師は、インド人と自由な議論をしつつ、諸部を研鑽(けんさん)し、ならびに梵書(ブラーフマンの経典)を学んで、およそ五年の月日を過ごしたのでした。

三蔵法師は、その後ナーランダー寺から、再び伊爛度拏鉢伐多(イーリナパルヴァタ)国へと赴き、その途中カポータ(迦布徳)伽藍に至ったのでした。
伽藍の南二、三里に孤立した山があったのでした。
岩峰(がんぽう)は高くそそり立ち、灌木(かんぼく)は繁茂し緑深く、泉や沼はあくまでも澄み、また、美しい花が馥郁(ふくいく)としていて、絶勝の地だったのでした。

ここには霊廟が極めて多く、さらに数々の神変奇異(しんぺんきい)が見られるのでした。
この山の真ん中の寺に、白檀(びゃくだん)を彫刻した観自在菩薩像(かんじざいぼさつぞう)があり、とみに霊験あらたかなのでした。
つねに数十人の人が周りにいて、あるいは七日、あるいは十四日と食事と飲水を断って、もろもろの祈願をしているのでした。

心から熱心に祈った者には、菩薩像が具相荘厳(ぐそうしょうごん)を整えて、威光を輝かせて現れ、その人を慰め、そして諭して、願望をかなえてあげるというのであった。
このように霊験を得た人が少なくなかったので、この仏像に帰依する人もますます多かったのでした。

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